「チルから暴力へ」~2019年私的ベスト50選~
はじめに
今年も年間ベストの時期がやってまいりました。僕にとってこの2019年の音楽シーンが一体何だったのか自分なりにまとめてみると、題にある通り「チルから暴力へ」という言葉に集約されるように思われます。これは一体どういうことなのか。僕が見るに(R&B/Hip-Hopに連綿と受け継がれた部分があるにせよ)チルという感性が近年のポップシーンにおいて最大の成果を上げたのはFrank Ocean『Blonde』ということになるでしょう。ドロップされてから三年もの月日が経ってなお多くの人を惹きつけてやまない謎多き名作ですが、それが象徴していた「チルでメロウ」なムードは2019年に至って徐々に後退しつつあるように思えます。そんな中発表されたSolange『When I Get Home』はこのチルの時代の一つの極点でありまさにその終わりを告げるものとして映りました(念のために言っておきますが選外です)。ではその次に来る暴力とは一体何だろうか、「チルから暴力へ」という図式では拾いきれないものがあるとすればなんだろうか、以下のリストはそのようなことを考えたり考えなかったりして作りました。ではまず50位の作品から見ていきましょう。
第五十位 Bring Me The Horizon『Amo』
music.apple.com 一メタルコアバンドだった彼らが音楽性を徐々に変化させていく中でThe 1975の最新作にも近いフィーリングを獲得するに至ったアルバム。これからもっと化けるはずとの期待を込めてのこの順位です。
第四十九位 MON/KU『m,p』
music.apple.comアルバムではなくEPですがこれだけは入れたかった。Twitter&サンクラ発のアヴァンポップの才能。来たるべきアルバムが破茶滅茶に楽しみです。
第四十八位 LUNACY『Age of Truth』
music.apple.comインダストリアル×シューゲイザー×アンビエントな暗黒音響が結果的にOPNに接近したような出来で素晴らしいです。ジャケ買いの成功例。
第四十七位 Waste of Space Orchestra『Synthesis』
music.apple.comOranssi PazuzuとDark Buddha Risingを中心としたコラボプロジェクト。ある種シューゲイザーにも近い漠としたギターサウンドに鋭いスクリームが乗る音像はなるほど確かにクセになりますね。
第四十六位 MORRIE『光る曠野』
日本のV系の始祖によるソロ最新作。ポストロックとメタルを独自の世界観、哲学でもって結びつけたようなベテランのそれとは思えない新鮮な音の数々にビビります。
第四十五位 Car Bomb『Mordial』
music.apple.com幾何学的な印象さえ受けるテクニカルなメタルミュージック。激しさの中に不意に投げ込まれる叙情的展開に泣ける。
第四十四位 Jakub Zytecki『Nothing Lasts, Nothing’s Lost』
music.apple.comバカテクプログレッシブロックにベースミュージックの手法が乗ったような新しさ。ジャケットそのままの美しい音世界が鳴らされています。
第四十三位 Northlane『Alien』
music.apple.comメタルコアの最先端。どこかDeftonesを思わせる美しさを垣間見せながらも基本は超攻撃的。今後このジャンルのスタンダードになりそうなアルバムです。
第四十二位 65daysofstatic『Replicr, 2019』
music.apple.comまさか彼らがここまでアブストラクトな作風になるとは。もはやポストロックというジャンルさえ脱ぎ捨て独自のダークな音響を追求しています。
第四十一位 KOHH『Untitled』
music.apple.com彼の苦悩をかなりストレートに反映しているアルバムだと思います。ラスト曲『ロープ』の「全然見た目は違うけど同じ」というリリックが刺さる。
第四十位 Holly Herndon『PROTO』
music.apple.comAIを用いて制作されたという本作。しかしながらここにあるのは機械のもたらすぎこちなさではなく確かに人間による普遍的なポップスなのです。
第三十九位 Antwood『Delphi』
music.apple.com架空の女の子、Delphiをテーマに作り上げられたアルバム。Deconstructed-Club的な音ですが先述のコンセプトと相まって非人間的な音に架空の人間の影を見出す不気味さを感じられます。
第三十八位 Minor Pieces『The Heavy Steps of Dreaming』
music.apple.com去年のベストにも選出したIan William Craigも参加する新人ユニットの1st。アンビエントを基調としたトラックにEtherealなボーカルが乗るサウンドを聴くと天にも上るような心地になれますね。
第三十七位 Petrels『The Dusk Loom』
music.apple.com宗教的なニュアンスを孕みつつもアンビエントからトランスまで駆け抜けていくその音楽性は体に直に訴えかける何かを持っているように感じられます。
第三十六位 Arthur Moon『Arthur Moon』
music.apple.comブルックリン出身のアーティスト。電子音と生演奏が絡まり合う複雑極まりない構成をポップに聴かせる手腕はNYの中村佳穂と言うべきか。
第三十五位 Thom Yorke『ANIMA』
music.apple.com近年のバンドやサントラ仕事のポストクラシカルなアプローチとは打って変わってエレクトロニカ的作品に。『Twist』はやはり名曲。
第三十四位 black midi『SCHLAGENHEIM』
music.apple.comKEXPの動画で一躍有名になったロックバンドことblack midi。今年のライブ行きたかったですね。個人的にはNINっぽい入りの『Years Ago』に一番未来を感じます。
第三十三位 Clipping.『There Existed An Addiction to Blood』
music.apple.comIDM的トラックにバチバチのラップが乗るClipping.の新作には今が旬のJPEGMAFIAも参加。どこかニューウェーブ的なところを感じるのが良いですね。
第三十二位 Black to Comm『Seven Horses For Seven Kings』
music.apple.comポストクラシカルを思いっきりホラー/暗黒方面に寄せたような異形のアルバム。シューゲイザー的なアンビエント『Angel Investor』がフェイバリットトラック。
第三十一位 COOL FANG『Sparring』
filthybroke.bandcamp.comほとんどインダストリアルに近い金属的なバンドサウンドに微かにエモなボーカルが乗る完全に未知のサウンド。なぜか感動的なのが少し悔しい。
第三十位 The Murder Capital『When I Have Fears』
music.apple.com近年の何度目かのポストパンクの盛り上がりを象徴するかのようなアルバム。テンション一発で乗り切ることなく曲ごとに緩急をつけた構成が素晴らしい。
第二十九位 Kim Gordon『No Home Record』
music.apple.com言わずと知れたソニックユースのメンバーことKim Gordonのソロ作。Billie Eilishに代表される近年のトレンドをノーウェイヴの手法で解釈したような趣も。
第二十八位 Mom『Detox』
music.apple.comこのまま行けば初期七尾旅人的な化け方をするのでは。よりドープにより深く取り返しのつかないポイントまで突き進んで欲しいです。
第二十七位 Ohtearsofjoy『Bonsoir, Fucker』
music.apple.comサイバーで暴力的でやさぐれたラップ/R&Bアルバム、つまりは最高。JPEGMAFIAあたりと早く絡んで欲しい。
第二十六位 Dos Monos『Dos City』
music.apple.com日本のヒップホップシーンに現れた最大の異端児であり智慧者。今年の新曲『Dos City Meltdown』を含めてバチクソかっこいい。
第二十五位 100 gecs『1000 gecs』
100gecs.bandcamp.com音楽を続ける気があるのかどうかさえわからないが、このヤケクソ気味な一瞬の快楽だけは本物。
第二十四位 Kai Whiston『No World As Good As Mine』
music.apple.comUK Bassとロックが交錯するありそうでなかった新世代のポストロック。14分弱のもはやプログレの域に達した『Ⅳ-No World』は必聴。
第二十三位 Ifriqiyya Electrique『Laylet El Booree』
music.apple.comインダストリアルロック×アフリカ音楽という異色としか言いようのない取り合わせですがこれがまぁすこぶるかっこいいです。機械の軋みと大地の土埃の出会い。
第二十二位 Rainer Landfermann『Mein Wort in Deiner Dunkelheit』
music.apple.com隙間の多いバンドサウンドにスクリームが乗るアヴァンギャルドメタル。その異形ぶりはどこかENDONを思わせるところも。
第二十一位 Christian Scott『Ancestral Recall』
music.apple.comジャズをそこまで掘らない自分でもこれにはやられました。全地球的なスケールで鳴らされる音の数々になるほどこの人に見えているビジョンは違うと唸らされる。
第二十位 Alon Mor『Lands of Delight』
music.apple.comいくつものレイヤーが重なり合い混沌としたサウンドをトライバルなリズムで強引にドライブしていく様はまさに暴力。フジの深夜枠でぜひとも観たい。
第十九位 Jack Larsen『Mildew』
music.apple.com「多幸感」という言葉は麻薬などを通じた過度な幸福感のことを本来指すそうですが、『Mildew』はその意味においてまさしくケミカルなユーフォリアを湛えたアルバムと言えるでしょう。
第十八位 Leprous『Pitfalls』
music.apple.comJames Blake以降の世界でいかにしてスタジアムロックを鳴らすかという困難な課題にプログレッシブメタルの手法を用いて見事に答えてみせた傑作。MUSE並みに売れてほしい。
第十七位 Kanye West『Jesus Is King』
music.apple.com正直順位を決めるのにここまで困った作品はありませんでした。間違いなく今年最大の問題作であり、これからの彼のキャリアを左右する(かもしれない)という意味で重要作でしょう。
第十六位 Tyler, the Creator『IGOR』
music.apple.comクラウトロックとトリップホップが現代ヒップホップシーンきっての異才によって再び生を受けた、そんな印象さえ受ける傑作です。今年最も「ロックファン」に勧められるヒップホップアルバム。
第十五位 Patricia Taxxon『Sixteen Sketchbooks Ago』
patriciataxxon.bandcamp.com多作かつ玉石混交、Bandcampに生息する怪人ことPatricia Taxxonの2019年作ですがこれは素晴らしい。ぶっきらぼうなノイズの反復の中に微かに残るエモーション。
第十四位 Flume『Hi This Is Flume(Mixtape)』
music.apple.comまさかこの人がSOPHIEあたりを彷彿とさせるサウンドを響かせることになろうとは。現在形のノイズ/暴力/インダストリアル。
第十三位 Giant Swan『Giant Swan』
music.apple.com冒頭の声ネタ使いからして勝利を確信しました。EBMに目覚めたArcaのような暴力的サウンドが終始続く最高のインダストリアルテクノ。
第十二位 Liturgy『H.A.Q.Q.』
music.apple.com知性と衝動が全速力でぶつかり合う9曲45分。大名曲『GOD OF LOVE』は序章でしかなかった。
第十一位 Devin Townsend『Empath』
www.youtube.comメタル界の巨人Devin Townsendのソロアルバム。どこまでも明瞭なサウンドはもはやニューエイジを連想させるに至り、天上界への階梯を駆け上っていくようです。
第十位 Chelsea Wolfe『Birth of Violence』
music.apple.com前作にてドゥームメタルに接近した彼女ですが今作では一転フォーク路線へ。しかしながら異様なまでの奥行きを湛えたそのサウンドはまさに現代のゴシック=暗黒と呼ぶにふさわしいもの。
第九位 Billie Eilish『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』
music.apple.com一番の話題作と言っていいでしょう。低音と囁きが支配するこの音世界はまずサグいポップスとして消費するのが正しい。
第八位 Pedro Kastelijns『Som das Luzis』
music.apple.com今年最大の新人の一人。Tame Impalaさえ想起させる極上のサイケデリアをサウンドコラージュ的に掻き混ぜてみせた完全に未知の音が鳴っています。
第七位 JPEGMAFIA『All My Heroes Are Cornballs』
music.apple.comチルと暴力、嘘と真実がアイロニカルに反転し続けるポストトゥルースの時代のヒップホップ。失望することと賞賛することは紙一重と怪人JPEGMAFIAは嘯いて見せるのだ。
第六位 Slipknot『We Are Not Your Kind』
music.apple.com「俺たちはお前らとは違う」という宣言を題に冠したこのアルバムにおいて彼らはポップスの世界に再び騒音と軋みを召喚せしめようと試み、そしてそれに成功しています。チルから暴力へという時代の流れを象徴するアルバムの一つ。
第五位 Uboa『The Origin Of My Depression』
music.apple.com鬱、トラウマ、絶望。長く暗いトンネルの先に決して希望を見出さない誠実さを持ったこの作品はしかし同時にある種の癒しとしても機能します。リアルな痛みにこそ安住の地を見出す人のためのエクスペリメンタルミュージック。
第四位 TOOL『Fear Inoculum』
music.apple.com13年ぶりに放たれた暗黒の巨魁による新作は聴く人の時間感覚を狂わせ変拍子とポリリズムの迷宮へと誘うでしょう。TOOLはTOOL以外の何者でもないことを証明するタイムレスな傑作。
第三位 THE NOVEMBERS『ANGELS』
www.youtube.com架空のNEO TOKYOと現代の東京がインダストリアルロックを介して交錯する、まさしく今の日本でしか生まれなかったであろう大傑作。
第二位 長谷川白紙『エアにに』
music.apple.comケイト・ブッシュやスクエアプッシャー、コーネリアスといった異才たちの霊魂をインストールしたAIが致命的なコンピューターウイルスに感染したのちに吐き出したとも言うべきアルバム『エアにに』はまさに2100年代のアートポップと称されるにふさわしい。
第一位 Wilderun『Veil of Imagination』
music.apple.comこの上ない壮大さにかすかに幽玄と退廃をたたえた精妙極まりないサウンドはフォークメタルという枠を遥かに飛び越え、このアルバムをディケイドを締めくくるにふさわしい最大・最高の作品にしています。
おわりに
以上で僕の年間ベストは終わりです。上位になればなるほど「暴力濃度」が高くなっていくのが笑えますね。チルが後退し暴力の時代がやってくるのか、それともこれは一過性の現象に過ぎないのか、もっと違う未来がやってくるのか。どうなるのかはわかりませんが「きっと想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる」のでしょう。